父3-2
2009年 08月 03日
<『私のつぶやき』4 伊藤幸子
「正幸誕生」
3月19日、外は雪景色、しんしんと降り続いていました。
昼頃、無事男の子が生まれ、まずはひと安心でした。それから正幸はすくすくと育っておりましたが、私が乳腺炎になってしまいました。大変苦しい思いをしました。母と兄が一生懸命看病してくれました。
兄は私を慰めようと、面白いことを言っては笑わせてくれましたが、笑う度に傷口が痛くて閉口しました。だがそれを兄に伝えることが出来ませんでした。
そんなある日、正幸に母乳を与えているときのことです。正幸が飲んでいるのをフトやめて、私の顔を見上げてニコニコと微笑みました。その時の顔は私が今まで見たことのなかった美しい顔でした。慈愛に満ちていたように思いました(親馬鹿かな)。
その時、母が覗きこんで見ていて、ひと言言いました。”こんなすばらしい笑顔は今まで生きていて一度も見たことがない”と。そして”幸子、この子はこんなに母親のことを信頼しきっていて、ありがとうと言っているように思える。だから今は苦しいけれど頑張らなければいけないよ”と静かに言われました。私は黙って頷き、頑張ろうと決心したのでした。
この時は母と兄には大変お世話になりっぱなしでしたので、いつかお礼をと思っておりましたが、ついその機会もなく、二人とも旅だってしまいました。私は大変不孝者だと悩んだ時期がありました。
「不思議に思うこと」
時が過ぎ、子供たち二人も成人になり、平凡な生活が続いておりました。
ある日、田舎で生活しております母が病に倒れました。私が見舞いに行った時のことです。
田舎の姉と二人で床についている母の前で雑談をしておりました時、しばらく黙って聞いておりました母がニコニコと微笑んで、私達を包み込むような優しい顔をしました。その時私は、正幸が生まれて2、3カ月経った時に私に見せたあの微笑みと同じようだ、と思って不思議な感じに襲われたのでした。
それから4、5カ月経って、姉に逢い、雑談していると、姉がひょいと母のあの微笑みのことを言い出しました。姉はおばあちゃんのあんなにいい顔は見たことが無いとのことでした。姉は不思議だねと言っておりました。私は姉には正幸が生まれて2、3カ月経った時に私の顔を見て母と同じような笑顔をしたことは話しておりませんでした。私は母と正幸の笑顔には何かを訴える共通点があるかもしれないと考えた事もありました。>
by seikoitonovel
| 2009-08-03 01:29
| 第三小説「思い出すままに」