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自由 


by seikoitonovel
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父2-6


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都議会選挙に立候補・幸子は6カ月の身重-2

 ところがである。都議選告示の日の朝、まだベッドの中の私の耳に選挙カーのマイクの声が聞こえてきた。どうやら「伊藤云々」と聞こえる。そして、その声がだんだん近くなってくるうちにはっきり「こちらは民社党から立候補しました伊藤郁男です」と聞こえてきたのであった。これにはびっくりした。ベッドからとび跳ねて起き上がると、宣伝カーが病院の前に止まり、吉田君が病室に飛び込んできた。
「伊藤さん、申し訳ないがお聞きの通りとなった。病院でこのまま寝ていてくれて結構です。同志みんなで代わりを勤めますから」との事で、私もこれにはただ呆れるばかり、しかし成り行きに身を任せることとなった。
 党本部の仲間が連日、入れ替わり立ち替わり宣伝カーに乗って、私の名前を連呼して回っているようだった。ところが同志達が次々と病室にやってきて、「毎日伊藤なる人物が変わっていたのでは、本物はどれか、ということになる。有権者に対する冒涜だ」、「私が伊藤ですとやっているが、どうしても力が入らない」などと言う。
 中には見舞いの酒だと一升瓶を持ってきて、これを飲めという者もいた。肝臓病に一番悪いことは分かっているはずだが、「これを飲んでくたばったら奥さんを身代わりに立てる。そうしたら当選だ」と言う。こういう乱暴な奴までやってきたのである。
 約束と大分ちがうじゃないかと思いつつ、私も覚悟して5日目から街頭に出た。朝8時から12時、午後1時から5時まで街頭に出、最後には私から社会党候補に申し込んで都議選では初めての立会い演説会を実現させた。この立会いで私は「麦は踏まれて強くなる。民社党は今苦境にあるがやがて必ず大きくなる」と胸をはった。
 いずれにしろ、入院しながら選挙をやったのは私が最初で最後であった。選挙の結果は惨敗だった。しごく当然の結果というべきであった。
 S35年の政治混乱期とはいえ、いかにも馬鹿らしい無茶をやったものだと思う。自分が選択した民社の思想・理念への確信、何としてもこの党を消滅させてはならぬとの情熱が、こんなことに走らせた要因である。


<『私のつぶやき』3 伊藤幸子
 「夫の都議会議員選挙の時のことについて 2」
 とうとう立候補したのですが、ある時夫の街頭演説を聞いておりましたら、遠くの方から別の宣伝カーで「民社党の伊藤郁男をよろしくお願いします」と言って下さっている声が聞こえてきました。不思議に思いました。調べてみましたら、その声は前浅沼稲次郎社会党委員長の奥様のお声でした。
 奥様は社会党の候補者の応援に来ておられたとのことでした。あとで問題になったと伺いました。
 浅沼社会党委員長様とは、夫が右派社会党の機関誌に勤務している時に大変お世話になったと聞いておりましたし、私たちの結婚の時には記念品として大理石の置時計を頂戴しました。そんな関係で委員長様の奥様とはお逢いしておりましたから、夫を見て心配のあまり遂に口に出してしまわれたのではないかと思います。
 
 数日後に夫の入院している病室に行きましたら、夫がおりません。30分位待っても帰ってきません。病院の係りの方に伺ってみましたが、全く分からないという返事でした。
 私は先日の札束の件がありましたので、大変不吉な予感に襲われました。もしかしたらと悪い方に考え、胸の動悸は激しくなるし、息苦しくなってしまい、いろいろ考えました。最悪の時には実家に戻ろうと思い、心を落ち着かせようとしました。
 それから1時間以上たっていたと思います。夫が晴々とした顔をして戻って来ました。聞くと、床屋さんに行って来たとのことでした。私は少々頭にきましたが、無事だからよかったと何も言いませんでした。
 あの時夫にもしもの事があったとしたら、長男(正幸)、長女(美香)と巡りあうことはありませんでした。>

<いとうせいこう注
 父・郁男の最初の選挙戦はデタラメであった。
 それでよかった時代を、今は懐かしむのみである。
 デタラメのうちには、母の証言にあるように、情によって敵に塩を送った浅沼稲次郎夫人の例も入っている。
 さて、今回も写真をつける。
 父の選挙事務所。
 父本人が乗る選挙カー。
 そして、父の立候補姿。
 母が並んで立っている。
 写っていないだけで、私はすでにいる>

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by seikoitonovel | 2009-07-24 22:38 | 第三小説「思い出すままに」