すっぽん2-1
2009年 05月 20日
第二章
しかしそれにしても、すっぽんとは何であろうか。いや、ここまで私はさかんにすっぽんすっぽんと連呼してきたわけだけれども、本当にそれが「喰らいついたら絶対離さない」動物であるか、私は唐突に疑問を持ったのである。
もしも「喰らいついても、わりに離す」とか、「すぐさま離す」とか、そもそも「喰らいつかない」というような実態があれば、私10は何を糧にして理不尽に耐えていたのかということになる。
実はこの長い文章を書き始める直前、つまり『すっぽん』という題名を思いついた日の午後(2009年2月末のことであった)、私は一度だけ、出先に近かった青山ブックセンター本店に駆け込んで、すっぽんに関する書籍を探してみたはみたのである。
今となってはおかしな話だが、私は天井からぶら下がっている白い板(哲学とか、美術とか、日本文学とかの分類がしてある)に目をこらし、「すっぽん」というコーナーはどこかと、棚の間を小走りになった。そんなコーナーがあるはずもないことに気づいたのは、店の奥の壁まで到達し、振り返って舌打ちをした瞬間である。したがって、チッという舌打ちは「すっぽんコーナー」のなさを呪うと同時に、自分の愚かさを鋭く叱責するものとなった。ちなみに、青山ブックセンター本店には「爬虫類」のコーナー自体なかった。
だからといって他の手段で猛然と調べたわけでもない。私は以来、すっぽんについて何も知らないまま、書き進んでいるのである。今あわててAMAZONに行き、「すっぽん」で書籍を検索してみたら、「もしかして:にっぽん」と出た。もしかしても何も、かなりのあてずっぽうと言わざるを得ない。推測にも適度な範疇というものがあるだろう。
そして、行き当たったのが『 スッポン-習性と新しい養殖法』(農山漁村文化協会)という名著のムード濃い書物で、私は早速注文をしたのだが、残念ながら当然、本日ご紹介するわけにはいかない。余談になるけれども、同時に注文した品はグローヴァー・ワシントンJRの懐かしい名盤『ワインライト』(1980年に出たメロウなフュージョン)だから、注文票を受け取った係の人は相手が都会派か農村派か、まったくわからないだろう。ただなんにせよ、『スッポン-習性と新しい養殖法』が82年刊で、『ワインライト』とほぼ同時期の作品であることだけはここに書き記しておきたい。それは世界の複雑さと奥行きを如実に示している。
さて果たして、すっぽんは「喰らいついたら絶対離さない」のかどうか。二週間ほど前、かなり物知りな友人の家に遊びに行って酒を飲んでいたらやはりその話になり、「雷が鳴っても離さないって言うよね」と友人が言い出した。私もその決まり文句は知っていたので黙ってうなずくと、友人はそのままの勢いで「だけど、そもそも雷が鳴ると離すって前提、変だよね」と言い、一秒ほど考えて「雷はよほどの力を持ってるって前提でしょう」と続け、話柄は雷の方へ雷の方へと傾いていって、じきすっぽんは行方不明になった。
by seikoitonovel
| 2009-05-20 20:00
| 第二小説