自由 


by seikoitonovel
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#もっと気楽に書いていくために、第一小説においても、第二小説においても、一節(一回に掲載する単位を、これまでそう考えていました)をさらに小さく分割して掲載することにしました。ちなみに、一節自体はミラン・クンデラの分量が理想ですが、分割によって少し長めになるかもしれません。


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by seikoitonovel | 2009-08-25 14:01 | 雑記

2-3a


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 銀座線上野駅から地上に出、たくさんの勤め人と歩調を合わせて信号を渡り、ついにアメ横へ入らんとした私は右手の上野の山をぼんやりと視界の端に入れ、おかげでいつものように後藤明生の『挟み撃ち』の名シーンを思い出したのである。
 私はほぼいつでも、駅から山側に渡ったところのいまだに二階が工事中の「聚楽」のあたり、似顔絵師が数人いる大階段や京成上野駅の入り口を見ると、『挟み撃ち』の世界に迷い入った気になる。
 主人公・赤木はまさに上野駅前の映画館周辺をうろつき、かつて伴淳・アチャコの二等兵物語の宣伝のために、自分が戦後ゲートルを巻いてバイト仲間と列を作り、模擬的な捧げ銃をしたことを想起する。その想起は小説内の現在とも、戦時中の兄とのエピソードとも自在に行き来しあうから、こちらは多重露光したフィルムを見ているような錯覚におちいる。今読み返しても、時間軸の移動の技巧は他作家を圧倒して凄まじく、しかし小説自体はあくまでものほほんとしている。
 ちなみに、私が行方も知れぬまま書いているこの文章もまた、後藤明生の作品、特に『挟み撃ち』をそもそも文体、制作精神の最高峰としているのであった。その小説らしくなさ、文と文の間の隙の大きさ、平気で他人の作品に重心を移してしまう自由さ、それらの要素すべてを含むゆえの真の小説らしさ。
 だが、書けば書くほど私には後藤明生の天才的な境地がひしひしと実感され、ひるがえって自分が書くもののある種の小説らしさ、文と文の間の隙の大きさへの恐れ、平気で他人の作品に重心を移してしまう際に無駄な力が入ってしまう不自由さ、それらの要素すべてを含むゆえの真の小説らしさの不在に絶望する以外なくなる。
 ああ、もっと自由を、もっと高度な、しかしこわばりのない技術を、私の小説に!
 こういうことを考えながらふらふら朝のアメ横を歩いていた私には、当然誰も声をかけなかった。トロ箱を店の前に出したり、道に水をまいたりしているばかりだ。むしろ、この道で小説のことなんか考えているやつは邪魔だとばかりに、私は無視すべき存在として扱われ、むしろこちらが注意深く歩かなければ準備中の品物にぶつかりそうな具合だった。もしも太い黒縁メガネの人が、山と積まれたサキイカの袋の向こうから、おい、ゴーゴリの『外套』を仔細に読んでから出直せとダミ声で言ってくれたなら、私はどれほど心強かっただろう。
 ただ、そんな風に後藤明生の霊が爽やかな初夏の朝のアメ横に現れたとしても、私は『外套』を仔細になど読まないだろう。負ける勝負はするべきではないし、後藤明生を遠い目標として目指す者はいい加減が身上でなければならない。



 
 
 
 
 
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by seikoitonovel | 2009-08-25 13:55 | 第二小説

父3-2


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<『私のつぶやき』4 伊藤幸子
 「正幸誕生」

 3月19日、外は雪景色、しんしんと降り続いていました。
 昼頃、無事男の子が生まれ、まずはひと安心でした。それから正幸はすくすくと育っておりましたが、私が乳腺炎になってしまいました。大変苦しい思いをしました。母と兄が一生懸命看病してくれました。
 兄は私を慰めようと、面白いことを言っては笑わせてくれましたが、笑う度に傷口が痛くて閉口しました。だがそれを兄に伝えることが出来ませんでした。
 そんなある日、正幸に母乳を与えているときのことです。正幸が飲んでいるのをフトやめて、私の顔を見上げてニコニコと微笑みました。その時の顔は私が今まで見たことのなかった美しい顔でした。慈愛に満ちていたように思いました(親馬鹿かな)。
 その時、母が覗きこんで見ていて、ひと言言いました。”こんなすばらしい笑顔は今まで生きていて一度も見たことがない”と。そして”幸子、この子はこんなに母親のことを信頼しきっていて、ありがとうと言っているように思える。だから今は苦しいけれど頑張らなければいけないよ”と静かに言われました。私は黙って頷き、頑張ろうと決心したのでした。
 この時は母と兄には大変お世話になりっぱなしでしたので、いつかお礼をと思っておりましたが、ついその機会もなく、二人とも旅だってしまいました。私は大変不孝者だと悩んだ時期がありました。


「不思議に思うこと」

 時が過ぎ、子供たち二人も成人になり、平凡な生活が続いておりました。
 ある日、田舎で生活しております母が病に倒れました。私が見舞いに行った時のことです。
 田舎の姉と二人で床についている母の前で雑談をしておりました時、しばらく黙って聞いておりました母がニコニコと微笑んで、私達を包み込むような優しい顔をしました。その時私は、正幸が生まれて2、3カ月経った時に私に見せたあの微笑みと同じようだ、と思って不思議な感じに襲われたのでした。
 それから4、5カ月経って、姉に逢い、雑談していると、姉がひょいと母のあの微笑みのことを言い出しました。姉はおばあちゃんのあんなにいい顔は見たことが無いとのことでした。姉は不思議だねと言っておりました。私は姉には正幸が生まれて2、3カ月経った時に私の顔を見て母と同じような笑顔をしたことは話しておりませんでした。私は母と正幸の笑顔には何かを訴える共通点があるかもしれないと考えた事もありました。>


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by seikoitonovel | 2009-08-03 01:29 | 第三小説「思い出すままに」