自由 


by seikoitonovel
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2009年 11月 22日 ( 3 )

7-1-b


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     『BLIND』9-1-b

 その夜まで、ここで語るべき話はない。
 華島徹は“ランド”閉園後、園田吉郎につきあって駅前にある唯一の飲食屋で生ビールを二杯飲み、幾つかのつまみとトンカツを食べ、最後に茶漬けをすすった。それは園田が経費として提出したレシートからもわかる。
 小雨の中、なお頭部を白く煙らせて上機嫌でいた園田とホーム上で反対方向に別れ、東亀沢駅に着いたのが当時のダイヤによると午後9時21分。コーポ萱松の二階には午後9時40分までにたどり着いていたことになる。
 傘を閉じ、木目調のドアを開けようとすると、暗い部屋から静かに光がこぼれ出してきて徹はひどく驚いた。しかし、それは脚色された思い出だろう。実際は単純な赤色の光であったはずで、つまり通話を示すランプだった。徹はベルの音が苦手で音量を最小にしていたのだ。
 靴も脱がずに部屋にあがり、受話器を取ったが、すでに電話は切れていた。ツーツーツーという音が薄闇の中に響いた。留守番電話の件数を示す小窓に5と、やはり赤く表示されていた。それほど多くのメッセージがあったのは初めてで、実家に何かあったのではないかと徹は不安になった。雨で濡れた靴をはいたまま、徹はデジタル数字が放つ光を頼りに再生ボタンを押した。
 すべてが無言だった。無言のまま、保存の規定時間いっぱいまで相手は通話を切らなかった。5本目まで聞き終えると、徹はのそのそと玄関まで戻り、靴を脱いだ。雨は靴下まで濡らしていた。徹は裸足になった。外で自転車のブレーキがブランコめいた音できしんだのを、徹は覚えている。
 もう一度1から5までの無言を聴き終えた。『just the two of us』を歌う声の間に、かすかな息づかいがあるように思った。再生音量を上げ、徹は息づかいの温度を探った。同じ人物が何度もかけてきていると徹はやがて確信し、それらが単なる無言電話なのではなく、メッセージがないこと自体がメッセージではないかと思った。この時点で、すでに徹は美和のことを美和以上に理解しようとしていた。 
 我々インタビュアーの討議の中で、『just the two of us』が催淫効果を持つのではあるまいか、という仮説が一時有力視されたことも記しておきたい。美和もこの日、5回この楽曲を聴き、次第に徹の声に魅かれてそれを目当てについふらふらと翌日も通話をするのだし、徹はありもしなかった可能性の方が強い息づかいを同じ曲の向こうに見つけ出して、まだ性別もわからない相手に圧倒的な好意を抱いたのだから。
 


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by seikoitonovel | 2009-11-22 21:50 | 第一小説

雑記7


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 第一小説の中の『BLIND』9-1に直しを入れた。
 直しどころか、少し長くなった。
 真正なる続きは「9-1-b」ということになる。
 だが、私は「9-1」を編集してしまうのではなく、そのままデータ上に残すことにした。
 デジタル時代に、こうした草稿や第一稿は残らなくなった。
 私は『連載小説空間』で、むしろそれらをデジタル上に置いておきたいと考えている。
 ちなみに法を明文化するドイツや日本は草稿を丁重に扱い、経験のみを重視するイギリスなどでは不思議なことだという。
 その意味で、私はローカルな観念をデジタル上に展開していることになる。


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by seikoitonovel | 2009-11-22 21:47 | 雑記

父3-5


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<いとうせいこう注

 父が書く通り、私は“邦雄おいちゃん”(高木邦雄)の家の庭に建った小さな住宅に住んでいた。事情を知ったのはずいぶん大人になってからだが、すでに子供の頃から私にはわずかな引け目が存在していた。なにかしら両親が話す言葉を耳に入れていたのだろう。
 と同時に、私は叔父と叔父家族に強い憧れをもって育った。従姉妹にあたる陽子ちゃんは美しかった。陽子ちゃんはよくコーラを飲んでいた。60年代から70年代にかけて、私にはコーラというものが贅沢な舶来品にしか見えていなかった。私は陽子ちゃんがコーラを飲むのを見る度、どきどきした。小学校低学年の頃、私も一度陽子ちゃんにコーラを飲ませてもらった。泡の刺激に驚いて、私は液体を吹き出した。以来、私は炭酸飲料自体を好まなくなった。
 ただ、数年前熊野の海で遊ぼうとした夏の朝、40代後半の私は誰に勧められたわけでもなく突然スーパーでコーラの500mlペットボトルを買い、駐車場の中でほとんどひと息でそれを飲んだ。おいしい、と思った。こんなにおいしいものをなぜ自分は飲まずに来たのか。その日から毎日毎日、私はコーラを飲んだ。夏が終わっても、飲食店に行けば私はほぼ必ずコーラを頼んだ。数ヶ月前まで、私は人が変わったようにコーラを飲み続けた。自分の中で何が変わったのかはわからない。
 葛飾区に話は戻る。父が建てた住宅、つまり私が育った家の前には初め、ほんの小さな庭があった。今考えれば、本来は叔父たちが楽しむべき空間であった。だが、私たち家族の住宅がそれを密閉し、私たちだけの場所にしてしまっていた。叔父自身は日曜日の午後などに、たまに私の家に来て、母の出すインスタントコーヒーを飲んだ。縁側に座って庭を見ていることが多かった。煙草を吸っていたかもしれない。
 私が叔父の長男である健ちゃんと同じある大学付属の中学に受かった頃だったか、その庭もなくなった。私の部屋が建て増しされたからだった。どういう話の流れだったかはまったく知らない。私の家は叔父の庭いっぱいに広がった。金銭的な余裕がない中の建て増しだったことは、住宅の角がトタンで覆われていた記憶でもわかる。風呂はなかった。
 私は少し話を急ぎ過ぎた。父の語るテンポを超えて、私は書いてしまった。
 だが、以下の思い出だけは今書き足しておこうと思う。
 数年体調のよくなかった叔父が、昨年入院した。母は悔いが残らないように会いに行っておきなさい、と私に言った。実際私が見舞いに行ったのは、麻生政権が出来る少し前だった。部屋のドアを開けると、叔父はベッドに腰をかけていた。おいちゃん、僕だよと声をかけるが、数秒の間、叔父はぼんやりとこちらを見るばかりだった。正幸だよ、と重ねて声をかけたとき、叔父はぶるぶる震え出した。叔父の目や鼻から粘液が出始めた。私は常にお洒落だった叔父のその姿を見るべきでないと思い、とっさに扉を閉めた。
 正ちゃんか、正ちゃんか、という泣くようなかすかな声が中からした。私はずっと扉の前に立っていた。どうしてよいか、私に方策はなかった。しばらくすると、叔父の声が大きく強くなった。あれが伊藤正幸だ、知ってるか、私の甥だと言っていた。看護婦らしき人がそうですか、などと相づちを打った。叔父は何度も何度も私の自慢をした。そのままでいると、私が泣いてしまいそうだった。私は扉を再び開けた。
 叔父はすでにかくしゃくとしており、涙も鼻水も夢だったように消え失せていた。正ちゃん!と叔父は言った。うん、と私は答えた。今、君のことを##さんに教えてたとこだ、と叔父は信州なまりが残る語調で言った。また、うんとだけ私は答えた。そこから先は叔父のワンマンショーになった。昔、憲兵に殴られて以来、叔父は片耳の聴力を失っていた。だから、声がやたらに大きい。
 叔父はまず、郵政民営化はどうしたって間違っていると言い出した。正ちゃん、君らがたださねばならんとも言い、総裁選を見る限り自民党内部はバランスを完全に崩しており、麻生も小池も本来あんなに票数を取るタマではない、俺が読んでいた票数と離れ過ぎていると言いきった。政権交代が起きた今からすれば、叔父の政治勘は鋭かった。
 俺はな、正ちゃん、こうして病院に入ったことで老人福祉の現状をよくよく観察し、考え抜いたとパジャマ姿の叔父は演説し、ますます大声になった。80歳を超えた人の声では、とうていなかった。
 もしも俺が命をながらえて退院出来たら、俺は老人問題をやる、しかし残念ながら寿命がそれほどあるとは思えない。叔父は私をじっと見すえてそう言い、だから俺が死んだら正ちゃんがやれ、と命じた。
 じゃ、と手を上げたのは叔父の方だったと思う。言うだけ言って、叔父はベッドに横たわってしまった。
 私もうんとだけまた答えて、それじゃおいちゃん、と言いかけた。何と続けていいかわからなかったので、私はまたねと言った。叔父はこちらを見もしないで、はいと答えた。
 私が住んでいた庭の持ち主はそういう人である。>


  
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by seikoitonovel | 2009-11-22 17:25 | 第三小説「思い出すままに」