自由 


by seikoitonovel
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第一小説3-3


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3-3

          『BLIND』-3

 だが、華島の父によると、職を得る前までの華島は違った。幼い頃から、何事に対しても集中出来ずにぼんやりしているというのが華島要(徹の父)の息子観で、長年小学校の国語教諭を務めている立場からも、その観察に間違いはないと要は確信していた。
 むしろ執着という醜いものを故意に身につけるぐらいが妥当ではないかと、徹が小学校高学年になった1981年5月17日午後、父親は息子の部屋にあったありとあらゆる物(家具以外)を物置に隠そうとした。帰宅した徹が号泣してくれることを要は熱望した。作業にとりかかって五分ほどで耳慣れぬ物音をいぶかしんだ妻・俊子に見つかり、その激しい抗議によって目論見は中止されたものの、要はそれくらいショッキングな“事件”が徹の人生に起こるべきだ、と真剣に考えていた。
 俊子(旧姓・幅田)は要のかつての教え子だった。石川県金沢市立味ケ岡小学校で俊子が六年生の時、要は担任を務めたのである。私立中学に提出する内申書に「幅田さんの正義感はクラス一」と要は書いた。その事実を俊子が知ったのは、十年後、地元の短大を卒業して司書の資格を取り、親戚のつてを頼って公立図書館に勤めてからのことだった。授業の資料を集めに来た華島要を、俊子はすぐに認識した。だが、話しかけてみると、要は俊子をすぐには思い出さなかった。
 ほら、理科実験部の、と俊子は誘い水を与えた。
 高桑さん?と要は言った。
 違います、ええと、交換留学生のルイーズさんを一ヶ月間、家まで送り迎えしていた……。
 あ、和泉さん。
 いえ、和泉さんじゃありません。
 侮蔑されたような気持になった俊子の、半ばうるみかかった目の端で、一人の初老の女性がつまずいた。若い男が椅子に浅く座って足を机とは正反対の方向に伸ばしていた。その男の右足に、女性の左足がぶつかったのだった。黄色い装丁のドイツ語の本を大事そうに抱えた白髪の女性は軽く頭を下げた。園芸雑誌を開いていた男は舌打ちをした。
 途端に、俊子は俊敏な野生動物のように小さく飛び上がり、大股で五歩ほど行って若い男の背後に立った。そこから先は書くまでもないだろう。
 幅田さん、もう彼も謝っていることですし、と華島要は数分後、ささやき声で俊子に話しかけたのである。

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by seikoitonovel | 2009-03-27 21:33 | 第一小説