自由 


by seikoitonovel
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新作狂言1


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  シテ  太郎河童
  アド  老河童
  小アド 次郎河童



 老河童、杖をつきながらよろよろと舞台に現れる。
 太郎河童、次郎河童、続いて登場し、控える。

老  「このあたりの川底に住まいいたす河童でござる。よわい百年(ももとせ)も過ぎ、目がどんみりといたして、魚(うお)の流れも見えぬ身なれど、近頃、子河童どもの乱暴狼藉。川上、川下もわきまえぬ所業。許しおくわけにもまいらぬ。まずはきゃつらを呼び出し、説教いたそうと存ずる。子河童ども、 あるかやい」
太・次「ハアー」

 太郎河童は下手、次郎河童は上手。
 老河童に向かって両者、観客に背中を向ける形。

老  「いたか」
太  「お前に」
老  「念無う早かった。汝ら呼び出すも別のことでない。近頃の、いやはや乱暴狼藉。河童の川上にも置けぬ。このように老いたる身なれど、あまりのことなれば、きつう説教いたそうと存ずるが、よいか」
太  「はあ、説教……と申されても、身に覚えのないことでござる。のう、次郎河童」
次  「まことに。太郎河童の申す通り、我ら若い河童、説教いたされるような悪行はひとつもいたしておりませぬ」
老  「なんと、ひとつも?」
太  「その上、先程来、野分でこの(と下を見回して)川底の流れもいこう激しゅうなってきてござる。お話はまた……別の機会にうかがおうと存ずる」

 太郎、次郎、帰ろうと立ち上がるのを止めて。

老  「待たぬかやい。なんの野分じゃ、身に覚えがないじゃ。太郎河童、近頃、汝、相撲もとらずに尻小玉を抜きおるな」
太  「……」
老  「いにしえより、我ら河童は正々堂々相撲をとり、人に勝ってこそその尻小玉をいただく。また(と次郎河童を見る)、次郎河童、汝、抜いた尻小玉を味わいもせず、石ころ同然、川岸へ投げ捨つるそうな」
次  「……」
老  「果ては汝ら、幼き人の子を集め、皆々様のまだこれほどの(と指で小ささを示す)尻小玉を抜いて回る」
太  「(次郎河童に)尻小玉の話ばかりでござる」
老  「なにを言うて。まだあるわ。まだ………(忘れているが)……おお…そうじゃそうじゃ、森のあなたの畑へ上がり……」

 ここで後見、棒の先に付けた魚を一匹、上手の床に泳がせる。
 太郎、次郎、魚をじっと見て、話はうわの空になる。
 老河童は気づかず続ける。

老  「食べきれぬほどキュウリを盗んでおいて、あらかた腐らせるとはお百姓の迷惑。一本もいで食べ、腹が減ればまた出かけて取るが河童の智恵。その間に次のキュウリも、黄色のあのかわゆらしい花から、ひょいと育つ」

 老河童の「ひょい」を合図に、魚もひょいと消える。
 太郎、次郎、魚の消えた先をぼんやりと見ているが、やがて太郎はあくびをする。

老  「やいやい、太郎河童」
太  「は(不服従の声音)」
老  「聞いておるかやい」
太  「は(不服従の声音)」
老  「そもそも……(話を思い出しながら)汝、相撲もとらずに尻小玉を抜きおるな」
太  「……?」
老  「また、次郎河童、汝は石ころ同然、川岸へ投げ捨つるそうな。果ては、汝ら、幼き人の子を集め、皆々様のまだこれほどの尻小玉を抜いて回る」
次  「(途中で太郎河童に)これは同じ話でござる」
太  「老河童殿は、魚も見えぬほど、もうろくなされておりゃる。説教されるもかなわぬによって、なんぞよいしようを……おお、それそれ、致しようがある」
次  「致しようとは?」
太  「老河童殿、野分がうるそうて大事なお話を聞き逃しそうにござる。もそっと前へお出くだされ」
老  「おお、これはよい事をおしゃった。聞かすぞよ。聞かすぞよ(前に出る)」
次  「これでは説教がうるそうなるが」
太  「よいよい。まあ、見てござれ」
老  「よいか、そも河童というものは、征夷大将軍・坂之上田村麻呂殿の昔より、泳ぎ達者にして胆力は強く、馬をも川へ引き入るる。頭(こうべ)の皿には水を乗せ、くちばしは鋭く、手足は岩にも吸いつく形。その真言たるや、オン・カッパ・ヤ・ソワカ」

 老河童、川底の流れに乗り、説教しながら、すり足で橋がかりへと横移動していってしまう。
 太郎、次郎、その移動をぼんやり見ている。
 老河童はやがて、橋がかりの途中で止まり、きょろきょろとあたりを見回す。

次  「これはいかなこと。説教がいこう遠くなった」
太  「野分でほれ、ここの(前を指し)川底の流れが違うてござる。老河童殿はそれに乗って流れて行かれた」
次  「老河童殿が川流れ」

 太郎、次郎、笑う。

老  「や、子河童どもがおらぬ。さては逃げおったか。待て、待て。どこじゃ。逃がさぬぞ」

 老河童、笑い声に聞き耳を立て、流れをそれて戻って来る。

老  「なんと汝ら、わしの目がどんみりとして見えぬを幸い、説教を聞かずに逃げたであろう」
太  「いやいや、逃げはいたしませぬ」
次  「老河童殿から動いていかれた」
老  「や、わしが? (見えぬ目で川底を見、足でおそるおそる川底に触れ)これは野分で流れが違うた。この、ここで(流れない場所を確認して)、も一度話すによってよく聞くがよい」
太  「老河童殿、みどもら、もそっとお近くで説教承りたく存ずる」
老  「おお、これはよい事をおしゃった」
次  「わごりょ、何を申す」
太  「よいよい、そこへ出なされ」
老  「さあて、聞かすぞよ。聞かすぞよ」

 次郎、少し老河童に近づく。太郎も、少し下手へ行く。

老   「よいか、そも河童というものは、征夷大将軍・坂之上田村麻呂殿の昔より、泳ぎ達者にして胆力は強く、馬をも川へ引き入るる。頭(こうべ)の皿には水を乗せ、くちばしは鋭く、手足は岩にも吸いつく形。その真言たるや、オン・カッパ・ヤ・ソワカ」    

 説教の間に、下手の太郎はすり足で橋がかりに横移動、上手の次郎は太郎のいた位置へと移動。

老  「(目をこらして前を見て)や、太郎河童が次郎河童に。いや(あたりを必死に透かし見て)、河童がたった一匹」

 太郎、次郎、大声で笑う。

老  「やいやい、子河童ども、なぜ動く」
次  「動くつもりはござらぬが、勝手に流れてござる。野分で」
老  「野分で?」
太  「(戻ってきて)これは申し訳もござらぬ。聞きたくとも聞けずじまいでござった。今度こそ誰も動かぬところを探し、説教いたされようと存ずる。ええ、次郎河童殿は、そこへ」
次  「ここへ」
太  「みどもは、ここ。老河童殿は、その少うし右、いやいや左へ」
老  「聞かすぞよ、聞かすぞよ(と移動)」
次  「あ、いや、もそっと後ろへ」
老  「うむ、聞かすぞよ、聞かすぞよ」
太  「そこがいちだんとようござる。さらば、説教なされてくだされませ」
老  「心得た。よいか、そも河童というものは、征夷大将軍・坂之上田村麻呂殿の昔より、泳ぎ達者にして胆力は強く、馬をも川へ引き入るる。頭(こうべ)の皿には水を乗せ、くちばしは鋭く、手足は岩にも吸いつく形。その真言たるや、オン・カッパ・ヤ・ソワカ。オン・カッパ・ヤ・ソワカ。オン・カッパ・ヤ・ソワカ」

 説教を始めた途端、三人はすり足であちらこちらへと、時々折れ曲がったりなどしながら、移動。
 最後の真言だけ、太郎、次郎は馬鹿にするように唱える。

太・次「オン・カッパ・ヤ・ソワカ、オン・カッパ・ヤ・ソワカ」

 太郎、次郎、大声で笑いながら、流されたふりで橋がかりを通り、消え去る。
 しばしして、それに気づいた老河童は揚げ幕の方向へ杖を振り上げる。

老  「おのれ、ようもだましおったな。打擲してくるる」

 だが、流れはやまない。動く(老河童の移動は北斗七星の形をなぞること)。
 老河童、上手で杖にすがり、流されぬようにしているが、やがて杖を川底に刺したまま(後見、杖を斜めに支え持つ)、自らは正面前に流され、そこから後方の杖に手を差し伸べようとする。
 が、体はくるりくるりと回転するばかりである。

老  「おのれ、ようもようも」

 流れがおさまり、ぼうぜんと立つ老河童。
 もう杖がどこにあるのかまるでわからない。
 間。
 老河童は、目のあたりを両の手でかすかに押さえて。

老  「おうお、今日はまたよう濡るるわ」

 その形のままで間。

老  「くっさめ」
    
 老河童、去る。
 後見、杖を持って退場。


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by seikoitonovel | 2009-05-04 23:37 | 新作狂言